武部源蔵社

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日本三大歌舞伎「菅原伝授手習鑑」にも登場する武部源蔵社と武部源蔵のお墓

日本三大歌舞伎「菅原伝授手習鑑」に登場する武部源蔵

生身天満宮境内北側の参道沿いに承平3年(933年)6月29日没と刻まれた武部源蔵のお墓、宝篋印塔(ほうきょういんとう)があります。お墓に見守られるかのように、その傍ら奥に武部源蔵社が鎮座しています。その名の通り、当宮始祖の武部源蔵をお祀りしています。

昭和8年(1933年)5月1日の春祭りに、武部源蔵没後千年を記念した武部源蔵千年祭が併せて齋行されました。これに先立ち、前年の源蔵命日6月29日に、この武部源蔵社が建立されました。

武部源蔵は、彼が匿い育てた菅原道真公八男慶能君と共に日本三大歌舞伎「菅原伝授手習鑑」へ登場することから、時に歌舞伎ファンの方のお詣りもお見受けします。また周りを囲む御垣(みかき)に刻まれた奉賛者名の中には、園部出身画家「大塚春嶺」の名も並び、生身天満宮に存する文化の深い幅と歴史が感じられます。

歌舞伎、文楽と 武部源蔵のご縁

「菅原伝授手習鑑」は長編の五段から構成される物語です。その第四段「寺子屋の段」に、当宮始祖武部源蔵が描かれていることから、源蔵を演じられる歌舞伎役者さんや太夫さんの中には、生身天満宮をご存知の方がたくさんおられます。
そのご縁のお陰様で、正式参拝や取材など、たびたびお出会いさせて頂いています。

武部家が代々社家として

武部源蔵社では、春分・秋分の年2回、先祖祖霊祭を齋行しています。また当社においても、25年毎に大祭が行われます。次回は令和15年(2033年)齋行予定です。

なお、生身天満宮は武部源蔵を始祖とし、以来、その子孫である武部家が代々社家として宮司を仕えてきました。菅原道真公の八男慶能君が竹内筑前守茂時と称したことにも関連するのか、途中、中世には竹内氏ら当時の薗部村の者が宮座を構成し神事を仕えた時期もあったようですが、武部家の社家としての務めは脈々と引き継がれています。

武部源蔵のお墓は第33代宮司武部實能が大正に修復、武部源蔵社は第34代宮司武部能文らが昭和に建立しました。令和の世となった現在、武部昌英が第38代宮司としてお仕えしています。